医科歯科連携による新たな試み
最先端の院内感染対策システム POIC(Professional Oral-infection Control)専門的口腔感染症予防研究会
八代敬仁病院
病床数 | 208床 |
回復期リハビリ病棟/38床 一般病棟/37床 医療療養病棟/98床(2個病棟) 介護医療病棟/35床 |
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デイケア | 訪問看護 居宅介護支援事業 |
医療法人 八代敬仁病院 理事長
佐々木 康人
熊本大学第一内科に入局後、済生会熊本病院、熊本労災病院で消化器を学び当院に赴任。平成18年以降、回復期リハビリテーション病棟を導入。
なぜ歯科との連携を考えたか
当院は回復期リハビリテーション病棟、一般病棟、医療療養病棟、介護病棟を有するいわゆるケアミックスの病院です。私の受け持ち病棟は一般病棟37床で診療報酬上の在院日数は60日以内のため回復期リハビリテーション病棟より病床回転は少し早い病棟です。
平成29年度の平均在院日数は47・32日、ほぼ毎日入院があり年間の入院総数は258人です。退院患者もほぼ同数で在宅復帰率は約70%です。主な患者さんは各種の廃用症候群や回復期リハビリテーション病棟対象外の整形疾患で、疾患に関わらずサルコペニアなどが原因で摂食・嚥下障害を持つ患者さんも多数おられます。こうした患者さんにリハビリを行い在宅復帰を目指しています。もともと当院は歯科との連携をしておりませんでしたが、現在は積極的に医科歯科連携を進め、平成29年度一般病棟に入院した患者さんの22・1%が歯科往診の対象となっています。
歯科との連携を考えたきっかけは回復期リハビリテーション病棟に入院された脳卒中の患者さんの中に従来の摂食・嚥下療法ではうまくいかない場合があることでした。また一般病棟に入院する肺炎後廃用症候群の中にはサルコペニアと摂食・嚥下を有する患者さんがおり、栄養とリハビリだけでは治療に難渋することもありました。このような経験から何か別のアプローチを探していたところ熊本脳卒中地域連携ネットワーク研究会(Kストリーム)で医科歯科連携の必要性が報告されたため、たまたま当院外来に通院していた歯科衛生士に相談することにしました。
摂食・嚥下障害における口腔状態は重要で、誤嚥性肺炎の原因にもなるため当院でも口腔処置は行われてきました。しかしこの機会に専門家の意見や取り組みを活用できないかと考えたわけです。そこで摂食・嚥下障害に興味を持たれ、かつ往診可能な歯科医師を紹介していただいた医科歯科連携を始め、歯科を含めた多職種連携を始めることにしました。
摂食・嚥下障害に対する歯科を含めた多職種連携について
歯科との連携で感じたことは摂食・嚥下障害では疾患に関わらずまず口の状態から始めるということです。従来のアプローチは咽頭の機能に注目することが多かったのですが、口唇の動き、口腔粘膜、残歯、舌苔の有無、舌の肥大、口蓋の深さ、義歯の有無、口腔乾燥などを観察することにより咽頭機能以外の問題点が浮かび上がってきました。飲み込みが比較的よく見えても、舌運動低下による送り込み障害、歯牙の欠損による咀嚼の低下、丸呑みなどは嚥下造影でもよく経験される所見で、誤嚥性肺炎の原因でもあります。
このようなことから口腔内の問題で生じる諸問題に対しては歯科の意見を積極的に取り入れ、STや看護師と共同して食べる口づくりに取り組むことにしています。入院時にこれらの口腔所見を看護師とともに観察し、必要であればご家族の承諾のもと口腔用ブラシや保湿剤、POIC水を用いて口腔処置を開始し、経口食の形態を決定します。口腔内の状況から摂食・嚥下に歯科の介入が必要と判断されれば、まず歯科衛生士に連絡し、簡単に状況を報告します。歯科往診日には文章で連帯シートを提出しています。シートには簡単に、口腔状況、歯科介入の目的、注意点、入院期間、予測される退院場所を書いています。
ベッド上動作、移動能力、シーテイング能力(坐位能力)、握力、体重、BMI(肥満度)、予測される退院場所と環境などをみて担当リハビリの介入を決め、嚥下造影が必要であれば、それまでに食べる口づくりと意識状態やせん妄の改善に努めます。以上の情報を入院時カンファレンスで発表し、Dr、看護師、PT、OT、ST、ソーシャルワーカー、歯科、歯科衛生士、給食、薬局など各職種で共有します(図1)。
医師は以上をまとめるコーディネーターです。上記(図参照)が歯科を含めた当院の摂食、嚥下に対する取り組みです。各職種がうまく連携してはじめて経口摂取の可能性が広がるのだと思います。摂食・嚥下は栄養や麻痺の程度、咽頭の機能が重要ですが、口腔内に異常があれば歯科を含めた多職種連携をすすめていくべきだと思います。
入院時のカンファレンスの流れ
図1)各職種で情報を共有します。
図2)歯科の介入
口腔内の処置を共同で行い、POIC水使用の指導をしてもらうこともあります。抜歯、義歯の調整や作成、PAPを作成し食べるための口づくりに参加します。
図3)PTは食事量を見ながら主に移動能力や体力、呼吸機能の改善に努めます。NMES(神経筋電気刺激療法)を使用し、嚥下筋の改善をはかることもあります。
図4)OTによるシーテイング。
食事時の姿勢と車いすの選定を行います。
図5)STと看護師による直接訓練。POIC水を使用した口腔内処置や舌の稼働域訓練などをおこないます。食形態とトロミの量、食べさせ方をSTより紙面と実技で指導します。
図6)VF(嚥下造影検査)
右より看護師、ST、嚥下造影検査医師、ST、看護師、レントゲン技師、歯科衛生士が参加することもあります。
POIC水との出会い
安心・安全、誰でもできる口腔ケアを可能にする
超高齢社会を迎え、高齢者人口が増大する中、歯科医院においても介護予防の役割が求められています。また全身疾患に対する口腔衛生管理と口腔機能管理の重要性がますます高まる中、このふたつの管理の比重を調整しながら、最後まで口から食べる楽しみに寄り添うためのチームの一員として、歯科医療者の役割は非常に大きいと感じています。すでに「要介護高齢者のケアについては気道感染の予防や口腔機能の向上、栄養改善に有効」と示されています。介護の現場でも以前から口腔ケアはされていましたが、その効果などについての理解があまりなく、高齢者のお世話の一環程度に扱われ、お口の手入れは後回しにされてきたのだと思います。
POIC水と出合えたことで、それまで長年介護現場で行ってきた口腔ケアがより安心、安全に変わりました。お口の状態を把握し、その上で正しいケアができれば、その成果を出すことができます。正しく口腔ケアをすることで誤嚥や肺炎、微熱を防ぐことに繋がります。また食べられなかった方が自ら食事を摂れるようになったケースを幾つも見てきています。一見介護する側の手間が増えるように思われるかもしれませんが、介護される方の自らの力を引き出すことで介護の手間はかえって少なくなるのです。また成果が上がれば、介護が楽しくなるはずです。
地域に貢献したいという想いで、平成7年から口腔ケアの重要性を介護の現場の人たちに働きかけてきました。POIC水を使用することで誰でも、より安心、安全に使用でき、皆さんに変化を感じてもらっています。
もうひとつ大切なこと。それはマンパワーです。介護に関わる多種職との協働で利用者のQOLの向上を目指すことができます。
病院、介護施設、通所等でも同様に安心、安全、誰でもできる口腔ケアが必要となります。私たち口腔の専門職として病院から在宅まで寄り添い続けることができるからこそ、現場の架け橋となりたいと願っています。
今泉 克美
POIC研究会シニアアドバイザー
フリーランス歯科衛生士
91歳女性・誤嚥性肺炎:プリンを食べたいの希望に答えるため口腔ケア。
介護老人保健施設
かがみ苑
医学的管理下での介護やリハビリテーション、その他必要な医療・看護と日常生活上のお世話など総合的ケアを提供する施設。
入所定員 | 80床(うち認知症専門棟30床) ※ショートステイを含む |
通所リハビリテーション定員 | 50名 |
建物構造 | コンクリートブロック一階建 |
スタッフ | 医師・介護職・看護職・介護支援専門員・支援相談員・理学療法士・作業療法士・管理栄養士・事務員・薬剤師(依託) |
併設事業所 | 居宅介護支援事業所かがみ苑 |
関連機関 | 松本医院 |
褥瘡への使用例
POIC水(次亜塩素酸水)について口腔ケアの勉強会でお話を伺いました。紹介してくれた歯科衛生士の今泉氏とは、すでに信頼関係ができていましたので、タンパク分解型除菌水は人体に無害な上、嫌な臭いが無くなると知り施設医師と相談の上、使ってみることにしました。とくに褥瘡(じょくそう)は感染を併合すると、かなり独特な臭いがします。すぐに気づいたのは臭いがまったくしなくなったことです。
【事例】87歳、女性:障害自立度ランクB2・認知症自立度ランク Ⅲa
発熱、下痢等の体調不良を契機に臥床が長期化、低栄養も重なり1月30日(平成30年)右腰背部に褥瘡形成、局所除圧や栄養補助食品とあわせ褥瘡処置開始となりました。
褥瘡の評価は、①深さ②浸出液③大きさ④炎症・感染、⑤肉芽形成(良性の肉芽が占める割合)⑥壊死組織⑦ポケットについて行いました。
当初、感染に伴う排膿があり悪臭強く、生理食塩水による洗浄、スクロードパスタ(※消毒剤)主体に処置継続していましたが改善不良でした。
このため、4月3日(平成30)よりPOIC水洗浄を開始したところ、一週間後には明らかな排膿減少、悪臭消失がみられ、以後、下記の処置へ移行しました。(毎日の処置としてPOIC水500ppmでの洗浄1日3回)
●朝 POIC水で洗浄
●昼 ガーゼ(POIC水で湿らせた)をポケットに詰める
●夜 POIC水で洗浄、薬噴霧(皮膚潰瘍治療薬:フィブラストスプレー500)、ガーゼを詰める
以後、肉芽形成は良好になり、褥瘡の大きさも3×3㎝から使用後(6月中旬)には、1.6×2㎝に縮小、6月下旬には1×1㎝に縮小しポケットもほぼ消失、浸出液も減少、8月末には治癒に至りました。POIC水の使用で菌の増殖が抑制されで悪臭が消失した上、褥瘡の治療促進に寄与したと考えられました。その後、この方はお元気に車いすで生活されています。食事は介助もしくは半介助ですが、栄養状態も良好に保たれています。インタビュー:土持あさじ(介護看護部課長)
91歳女性・誤嚥性肺炎:プリンを食べたいの希望に答えるため口腔ケア。
母の介護で気づいた口腔ケアの大切さ
母の介護がはじまったのは、転んで膝を怪我したことがきっかけでした。病院に入院し怪我は治りましたが、すこしアルツハイマーもあり他の病気を発症し微熱が続いたのが引き金となり寝たきりの状態で帰ってきました。
家に連れてきたものの食べられない状態をなんとかしてあげたいと検査入院し、検査結果から我慢強い母は痛くて食べられる状態ではなかったんだとわかりました。検査入院中に自宅に帰っても同じようにできるよう食事の作り方や口腔ケアを教えていただき、家では私が食べやすい形態や栄養を考え食事を工夫し、主人が食事の介助と口腔ケアを毎食、毎回しました。周囲の人に「ありがとう」と声をかけたり、先生に母はストローで水分を摂っているとお話したときはずいぶん驚かれました。
母が自分の口で食べられるまでに回復したことで、はじめて口腔ケアの大切を知りました。
柴田さんご家族と今泉さん
介護老人保健施設
八祥苑
インタビュー : 茂原慧(介護福祉士)
運営母体 | 社会福祉法人代医会 |
正式名称 | 社会福祉法人代医会 介護老人保健施設 八祥苑 |
設立 | 平成元年10月(H30年、11月新施設移転) |
入所定員 | 75床 |
併設事業所 | 短期入所療養介護・ 通所リハビリ事業所・ 訪問看護ステーション・ 居宅介護支援事業所・ 氷川町在宅介護支援センター |
機能訓練を生かす口腔ケアに取り組む
八祥苑は入所75名の定員(ショートステイ含む)で毎月約15名程度の入退所があり通所リハビリなど併設事業所もPOIC水を使用しています。生成したPOIC水は冷蔵庫で保管し必要な分を各部署で持ち出し小分けし使用用途ごとにラベルを貼り保管します。
入所されたらまず口腔内の確認を行います。ほとんどの方に口腔内の汚れがみられるので、すぐに口腔内ケアをPOIC水で開始します。個人差があり苦味を感じる方は状態に合わせ希釈量を変えて使用します。
当苑では「他職種連携で口腔機能改善のための口腔ケアを行い、食事、会話を楽しめるようにする」という目標があります。口腔内の状態は寝たきり、自立、介護度などにより異なるため手順通りで良いというわけではなく口腔状態を把握し、その方に合った歯ブラシの選定やPOIC水を使用することで日常生活の機能を取り戻すことを目標とし口腔ケア委員が中心となって定期的に研修会を行っています。
《事例》80代後半・女性・要介護2(認知症自立度Ⅱb・日常生活自立度A2)難聴中度あり
入所前はご夫婦二人の在宅生活。介護のキーパーソンは高齢の夫です。夫も持病があり思うような介護ができなくなり、本人も認知症からか気力を失くされ入所。老老介護ですが自宅復帰を目標とした取り組みを開始。入所時は上の歯が無く、下の前歯2本は動揺があり咀嚼時の痛み、口腔内汚染、乾燥、舌苔が目立ち、舌の動きが悪く水分飲用時のムセ、咀嚼力が低下し丸のみ、歯が無いためか口元を手で隠し他者との会話は少ない。
入所後、食事形態は全粥、キザミ食を提供。1か月経過後、治療と同時に義歯を作成し毎日装着し徐々に慣らす。口腔ケアはスタッフの全介助で行い、仕上げは付き添いで指導。食事形態を二度炊きと粗キザミへ。
生活面では新聞を読むことが増え他者との会話、交流が増え、話したいことや伝えたいことが自分の意思で出来るまでになる。2〜3か月経過後、義歯を装着したまま日常生活が送れるようになり舌苔が減少し舌の動き良好となり水分摂取時のムセが見られなくなる。安定した食事量が摂れ体重は入所時より4・4kgの増量。加えて本人から「煎餅が食べたい」という希望も実現。
POIC水を使い始めて口腔機能の改善がみられ全身の機能改善と口臭減少に繋がりました。何より笑顔が増えたと感じられます。
約3か月後、ご自宅へ退所され以前同様にご夫婦二人の在宅生活が始まりました。在宅に戻られてからも他職種の協力もあり口腔ケアが継続できていること、食事量が増えたことで体力も向上し気持ちが前向きになりデイの利用を開始、活気ある生活を過ごされています。
POIC水を口腔ケアに取り入れてからの変化
「ここはよか施設だね。臭いがしないねー。いい匂いがするよ」
①施設全体の臭気
一階フロアーはトイレ、洗面所、食堂、居間とオープンスペースに設けられているため、オムツの臭いや食事のにおいなどが交錯し利用者のご家族から「ここの施設は臭い」とのクレームがありました。POIC水を使用しはじめ臭いがまったくしなくなり、ここ1年、においのクレームが無くなりました。
②洗面所の見た目、臭いの違い
歯磨き粉のカスやうがいで出る黄色い痰で汚れていた洗面所もPOIC水を使うことで汚れがつきにくくなり臭いも気にならなくなりました。また歯磨き粉や義歯洗浄剤、マウスウオッシューなどの用品も必要なくなりました。
③含嗽、歯磨きについて
1日4回実施。夜間口を開けて就寝される方が多いことから朝はとくに口腔内の汚れが強く起床時は必ずうがいをしていだきます。食後はうがい、歯磨き。自立が難しい利用者の方は介護者が食物残渣の残り具合を見極め口腔ケアをします。口腔ケアにかかる時間は変わりませんが口腔内の清潔が保たれトラブルは少なくなりました。
④歯ブラシの管理
以前は自己管理でしたが、紛失や汚物まみれになることもあり現在はすべてワゴン上で管理しています。入所してくる方の多くは歯ブラシの選択もされておらず口腔ケアもままならない状態の方がほとんどです。入所後は状態に合わせブラシを選択、判断が難しい場合は歯科衛生士よりアドバイスをもらいます。
⑤義歯
POIC水を使用することで義歯の洗浄剤も付けおきの手間も必要なくケアの時間に余裕ができ、義歯の食物残渣の様子からどこの機能が低下しているかなど機能的訓練に重点を置くことができるようになりました。
⑥スタッフ間での協力体制
より個々に合わせた口腔ケアができるようPOIC水について多くを学びながらスタッフ共通理解をはかるためにも口腔ケア委員会を立ち上げ、勉強会を開いています。
⑦利用者さんの声
「すっきりする」「気持ちがよい」「ごはんがおいしくなった」との感想が聞かれます。利用者のご家族からは「施設での口腔ケアがとてもよい」との声も増えました。ある80代女性利用者さんは自宅で誤嚥性肺炎になり入院、入所。その後自宅へ戻られましたが肺炎で再入院、入所を3回繰り返しました。しかし施設に入所中は肺炎になることはありませんでした。
POIC水を口腔ケアに取り入れることで、より全身の状態管理へと繋がり個々の利用者の方の口腔内目標達成はスタッフのやりがいと喜びに繋がっています。感染症による重篤なケースも明らかに減少し集団生活における利用者の方の安心、安全、さらにはスタッフの安全を守るため、POIC水による口腔ケアは快適な生活保持に欠かせない口腔ケアです。